8800系パノラマDX室内写真(2)





続きです。もっとマニアックな写真を・・・。

1枚目:犬山橋を渡る8806F?。この頃は犬山で行われていたミニ博覧会「キャスティバル犬山」のマークを表示していました。
2枚目:カード式公衆電話。携帯が一般的でなかったこの当時は便利なモノでした。7000系白帯車は昔黄色公衆電話からスタートでしたが、8800系はカード式の緑公衆電話でした。使用すると恐ろしい勢いで度数が減っていったのをよく覚えています。
3枚目:車掌室の放送装置。「自車」「他車」「他編成」というボタンが目立ちます。8800系と料金が違う編成を併結した列車もあったからでしょうか??
4枚目:車掌室にあったオーディオ装置。今ではクラッシックな部類になるのかな??

取りあえず、こんなところで。

コメント

でぃっく

No title
前にも同じようなことをコメントしたかと思いますが、フィルム撮影だったこの時代、車内までいろいろ撮影されている先見性(とは違いますか?)には、驚くばかりです。
フイルムの時代はフィルム代そのものや現像代が高く感じられ、もったいなくてなかなか車内にカメラを向けようという気になりませんでした。

緑の公衆電話、懐かしいです。これを撮影されていたのは、まさに先見の明ではないでしょうか。
DXではなく白帯の中からですが、公衆電話が付いているのが画期的に思えて、なにもそんなことすることないのに、東京の友人に電話をかけたことがあります。
何せその頃鉄道の中で見たことがあったのは、新幹線の中の100円玉専用の、灰色の電話だけでした。(あれは使いづらかった。度数ならぬ100円玉が、次々と飲み込まれていきましたね)

おざよう

No title
フィルム時代、確かに高かったですね~。36枚撮り1本撮ると2,000円近く飛んできました!この頃は航空祭や遠征でもせいぜい36枚撮り5本まででした。
それがデジになった今では、ちょっとした撮影でも100枚いってしまいます。この前の岐阜航空祭では2日間で500枚近く・・・。整理するのが大変でした。

車内写真は結構撮っています。
ブルトレの朝食の食堂車で室内写真を撮って注意された事も・・・(^^;;
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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