輸出車両甲種輸送(1986年)

日本車輌では今も昔も輸出車輌を製造しています。通常、笠寺~東港~名電築港~東名古屋港と甲種輸送されて船積みされます。
 
1986年11月頃豊橋駅で撮っています。

いつもの5番線アングル。DE10-1524が豊川から牽引してきました。
 
 
 

どこの国の車輌だったか記憶にありません。象みたいな飾りがついてるからタイかな??インドネシアの車両らしいです。仮台車を履いています。
 
 
 

豊橋駅からはEF65-112が牽引しました。後のユーロ釜ですね(^0^;)
 
 
あと、おまけ。
 
 

この甲種輸送と同じ日に撮ったと思われる12系。何でオハ12が反射板つけて、しかも貫通部分をパテーションで仕切って最後部になっているか謎です。団体だったのか回送だったのかも不明です????
 
 
鉄道コムへ。左の文字をクリックしてからお帰りを!!励ましのクリックをお願いします。

コメント

まっち

No title
これの色違い撮ったことあります
このころはこうゆう外国向けの甲種が多かった気がします

deppa1006

No title
この輸出車はインドネシア向けですね。今も一部がジャカルタで現役です。ただ当局が非冷房車を全廃する方針でいるため安泰ではないようです。

おざよう

No title
>>まっちさん
確かに結構多かったですね。景気が良かったのかな??

おざよう

No title
>>deppa1006さん
コメントありがとうございます。
インドネシアでしたか!ありがとうございます。
インドネシアでも冷房化100%を目指すとはスゴイことです。
非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

月別アーカイブ