名鉄モ5200が豊鉄モ1900に変化するまでの記録(1)

豊橋鉄道の1900系には結構な思い入れがありました。
というのも高師の検車区は学校からも近く、学生時代しょっちゅう見に行ってましたし、そもそも
「名鉄の車体+国鉄の足回り+東急(名鉄3880系)の制御器とパンダ+南海の部品+手持ちの部品+路面電車用クーラー」
という組み合わせで一つの新形式を作ってしまうすごさに惹かれたわけです。
 
また、1900系第1編成が出来あがっていく様子をマメに記録した結果、完成間際の姿を撮ることが出来て、それが初めて鉄道ファン誌に掲載されました。初めて掲載された時はうれしかったですね~。
 
その記録の一部を披露します。
 
 

最初に名鉄モ5205と5206の車体が高師構内に運び込まれました。たぶん陸送だったと思うのですが、未だにその様子の画像はお目に掛かったことがないんです~。
5205と5206はそれぞれ少し離された場所にブリル製?の古典台車を履いて留置されていました。  1986年3月撮影。
 
 
 
 

5月になると改造工事が進行していました。旧5205の方が先行しており車庫内に。
5206は車体補修中でした。この頃はデワ11で入れ換えしてたみたいですね。
手前の車も懐かしいです~。
また、画像は省略しますがこの頃には旧5211と5212の車体が構内に留置されていました。  1986年5月10日撮影
 
 
 
 

前述したように旧5205の方が工事が先行しており、この頃には全体が仕上がっていました。5206はまだまだでしたが・・・。  1986年6月4日撮影
 
 
 
 
 

上記画像の6日後ですが、旧5206はまだこの状態でした。
貫通扉は撤去。老朽化が激しい前面は大幅に補修されています。旧国鉄101系の台車をはめ込もうとしているのでしょうか? 1986年6月10日撮影
 
 
 
 
 

上記画像の4日後にはいよいよ1900系の雰囲気が出てきていました。
スカーレット色で台車・クーラーを搭載した状態で前面を見たのは最初で最後でした。車番1951も貼られています。 1986年6月14日撮影
 
 
 

同じ日、モ1901は車庫内で塗装工程に入っていました。職員の方に申し出ると、あっさり撮影許可が出ました。自動塗装機なんぞありませんから手作業ですが、模型とは逆で赤色を先にスプレーしていました。 1986年6月14日撮影
 
 
(2)に続きます。

コメント

おざよう

No title
内緒さん、コメントありがとうございます。

誠に申し訳ございませんが、ニコ動への転用は勘弁して下さい。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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