国鉄キヤ191系

名古屋工場を見物に行くと、いつも留置されていたような気がした車両でした。

キヤ191系 第3編成

です。
第1編成が小郡区、第2編成は秋田区(寒冷地仕様)、第3編成が名古屋区所属でした。

国鉄が製造した架線・信号検測車両で、第3編成は新製以来名古屋区に配属され、運用に就いてない時はいつもこんなかんじで留置されていました。


当時は「新系列」車両に属する車両で、キハ58/82がゴロゴロする名古屋では浮いた存在でした。床下はキハ181系ベースですし・・・。(再掲写真)



角度を変えて撮った画像。ちょっとピン甘ですね・・・。




名古屋区のヌシみたいな検測車でしたから、分割民営化後は当然JR東海に配属されるものと思っていました。
ところが、分割民営化後第3編成はJR西日本の小郡に配属され、第1編成を廃車にしました。第2編成はそのままJR東日本へ。
あれ?じゃあJR東海には何が配属されるの?と思っていたら、まさかの金沢常駐だったクモヤ495系でした。なぜまさかって言うと、東海地区にはよく検測に来ていた車両とはいえ、もともと交直流車ですから・・・。JR東海管内に交流区間はないのに・・・。案の定、分割民営化直後に交流機器は降ろされ、クモヤ193系50番台に改番されましたが・・・。1988年に青色になったのに一度も撮れず、1998年に廃車になってしまったくやしい車両です。

で、このキヤ191系ですが、分割民営化後もJR東海に貸し出されていたそうですね~。全然知らなかった・・・。現在もJR九州が西のクモヤ443系を、JR北海道が東の
East-iDを借りていますが、当時はJR東海でも事業用車両の貸し借りをしていたとは。1996年にキヤ95系(ドクター東海)を新製するまで継続されていたそうです。

この第3編成は長生きして、2008年に廃車解体されたそうです。





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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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