旧:名鉄市ノ坪(1)

名鉄岐阜市内線廃止時はまだフィルムカメラでした。デジカメで旧市内線車両にカメラを向けたのはこれが最初かもしれません。

2005年3月限りで岐阜市内線や美濃町線。揖斐線などが廃止になりました。不要になった車両たちは市ノ坪駅隣接の岐阜検車区に集められました。そして、嫁入り先が見つかるまで留置されました。
9月には福井鉄道に一部の車両が輸送され、年が明け1月、そろそろ福井鉄道に嫁入りする残りのモ880などが出来上がっていると聞き、久しぶりに市ノ坪に出向きました。NikonD50を持って。

ところが、現地で目に飛び込んできたのは解体中のモ570と600でした。
少し前に軌陸車で構内を移動しているモ570を見かけたのですが、あれは解体前の部品撤去作業に向かうところだったのかもしれません。

モ570の台車や床下機器はアメリカの博物館?に寄贈されたり、豊橋鉄道に譲渡されたりして、仮台車を履いた車体のみになっていました。



前からモ574、571、572、606




モ574を側面から・・・。床下機器が全くない・・・。




モ572と571の連結面。ガラスは既に全部外されていた。仮台車がバラバラなので床高さが違っている。




売却先が見つからなかったモ606。車体の狭さが災いしたか???




昭和30年製の車両が解体されつつあるのに、大正12年製の車両がピカピカとは・・・。不思議なものです。モ514の後ろは旧美濃駅への移送を待つモ593。奧に改装中のモ880も見えます。


全て2006年1月30日撮影。

コメント

hiyoko222007

No title
懐かしいです。
ありがとうございます。
毎日通勤時に横を通ります。(普通の線路から路面に入る交差点です)
さすがに電車が通る雰囲気は全くありませんね。
市内線は高校時代に毎日利用したので特に1枚目は胸が痛みますね。
モ600は手力駅近くに個人で保存されていますね。たまに通ると昔が蘇ったり・・・

おざよう

No title
羽島駅さん、コメントありがとうございます。

市ノ坪も更地になった後に土壌汚染が発覚して、売却出来なくなってしまったのでしょうか?塩漬けになっていますけど・・・。一部は線路が残っていましたっけ?
私の場合、モ570は僅かしか乗車経験がなく、逆にモ550の方が思い出深いです。今日みたいな雪の日は8km離れた高校まで自転車では行けず、バスは来ない・・・。仕方なく駅前まで出て、長良線のモ550に乗って通学しました。大雪でモ550が長良橋を登れなくなり、退行と進行を繰り返して結局登った事は深く印象に残っています。
手力のモ600は焼き肉屋の頃一度見ただけです。何とも写真が撮れない場所で・・・。そういえば、清見村に行ったモ600はどうなったのでしょう?
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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