瀬野八(5)~走行解放!1984年10月

何度となく瀬野八に通いましたが、走行解放の写真が撮れたのはこの時一回です。
 
八本松の走行解放地点には2日行った模様です。
初日は見られなかったようで、二日目にget出来ました。
 
その模様をアップします。いままで画像掲示板に貼った事ある写真が多いですので、ご了承下さい。
 
走行解放地点にはこのような看板が立っていました。

走行解放の予告看板でしょうか?
 

この標識を目印に走行解放のスイッチを入れたのでしょうか?
 
そうして、コキ10000系で組成された高速貨52列車がやって来ます。EF66牽引でプッシュはEF61-209でした。
 

EF61-209が「自連解錠」の標識を通過!
 
 

この時点では変化は見られません。
 
 
 

ちょっと判りにくいですが、電気連結器が後退しているのが判るかな~??
 
 

判りにくいので、部分的にスキャンして、コントラスト等をいじってみました。
 
 

ここまで来るとよく判ります。電気連結器は後退。よく見ると自連の解放テコが上がっているのが判ります。
 
 

これも同じく部分的に再スキャン。コントラストをいじりました。
 
 
 

連結器が外れると同時にEF61-209にはブレーキがかかります。
 
 

「バッシャー」という音(ブレーキ音?)とともに、機関車とコキフの間がみるみるうちに広がっていきます。その後、EF61-209は一旦停車。信号現示とともに八本松構内ゥにゆっくりと進みます。
 
 
 
で、動画で見たいから探してみました。
 
でぃっくさんに教えてもらった画像がコレ。既にEF67の夜間走行解放しかなかった頃の画像ですね。
 
 
 
他にも見つけました。
 
 
 
 
あと、走行解放画像はないですが、EF59などの走行シーンの動画も・・・。
撮ってる人はいるんですね~。スゴイ・・・。
 
 
今日はこのへんで。
 
 
 

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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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