丸っこい名鉄5000系

一世紀号は一回休み。同じっぽいネタが続きましたので・・・。
 
 
名鉄5000系っていうと最近の鉄君はステンレスボディで1000系の床下機器流用の今の5000系をイメージすると思います。しかし、私たちOver Forties は違うんです。5000系っていうと、あのモノコックボディを使ったSR車赤い丸っこい5000系でしょう!
 
 
こんな外観の電車でした。

デビュー当時は前面窓は1枚ガラスだったそうですが、更新修繕や事故修理などのさいに2枚折窓になったそうです。
今回5000系の走行写真を探したら、意外と在庫が少なくてビックリ。これ1枚探すのに30分以上かかりました。
1985年4月 豊橋~伊奈 朝練撮影。
 
 
 
しかし、5000系も5300系に機器を譲るため引退していきます。

こちらのTc車は前面窓が1枚ガラス+Hゴムのままでした。
1986年3月 大江駅
 
 
この当時の廃車車両は鳴海か新川の工場で部品を徹底的に外され、機関車牽引で大江駅で長期間留置されていました。5000系・5200系は台車がピカピカで留置されていて変な感じでした。
 
 

FS307A台車はピカピカでした。
 
 

一足先に台車を日本車輌に送られた中間車は解体のために地面に置かれていました。大江駅構内。
 
 
 

先程の逆光写真の反対側です。こちあの前面窓は2枚ガラスになっています。
 
1986年3月大江駅
 
 
しばらくして、風の噂が・・・「新舞子駅近くに5000系が保存されたらしい」と・・・。早速確認に行きました。
 
 

新舞子駅のすぐそばにいました。というより、まだ駅構内の留置線にいて、横に展示用の線路が敷設されたばかりの状態でした。
ク5006ですが、何せ台車等ほとんど床下機器は残っていないので、旧型電車の日本車輌の「車」の刻印がはいった古くさいD16?台車を履いて展示されていました。あまりにもアンバランス・・・。
 
1986年7月8日撮影。
 
 
しかし、海に近く、暴走族に荒らされ、いつしか解体されてしまいました・・・。
 
次回は一世記号に戻ります。
 
 
 
 

コメント

nagara2033556kinka

No title
5000系の写真は私も数える程しかありません…しかもupできそうなのはない…ボケボケブレブレ頭切れとる(ToT)
当時、名鉄の車両は個性的なのが多いと思いました。
今は…残念な状態(ToT)

TAKUBON!@鍵っ子(>ω<)わふ~

No title
この頃に生まれたかったです。
僕の生まれる前です。
見たことありませんが
HL車が好きです。

namazu850

No title
おざようさん こんにちはです。。。

私もおざようさんに賛同です。5000系といえば卵子形の顔を持つ初代5000系です。。。

昭和30年生まれの車両としては当時は高性能車として注目をされていましたね。。。

前面ガラスは一枚窓が当たり前だと思ってましたが、二枚窓になっているのがあるとは、気付きませんでしたね~~~。

私もフィルム写真を沢山持っていたんですが、フィルム写真自体が行方不明で未だにみつかりません・・・(悲)

たしかに5000系の写真は少なかったと思います。車両数も4両編成のみで、増結用2両は5200系ですから、本数も末尾5009、5010編成が最後だと記憶がありますね。。。

おざよう

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つぼさん、コメントありがとうございます。
ホントこの頃の名鉄は個性豊かでしたね。今はせいぜいラッピング車が注目される程度ですから・・・。

5000系は不思議と在庫が少ない・・・。なぜかな??5200系は結構あるのに・・・。

おざよう

No title
琢ボンさん、こんばんは。
この時代に生まれてないって事はまだお若いですね。
逆にこの頃は今みたいにネット情報もなく雑誌の知識のみでしたから、高校時代の私は雑誌に出てくる「AL車」「HL車」の意味が判らなくって苦労しました(^_^;)
HL=Hand Line Control の略だったかな?
雑誌の記事をいろいろ読みながら、運転台にかじりついて違いを発見して「こういう車両をHL車っていうのかあ~!」って発見したのが嬉しかったりして・・・。

ちなみにこの当時はAL車もHL車も普通に走っており、AL車は廃車が発生していたものの、HL車はなまじ車体が新しかったので廃車は少なく3730系などがやって来ても「ちぇ!3730系か、写さへん!!」っていう扱いでした(^_^)

おざよう

No title
namazu850さん、コメントありがとうございます。
私は前面の窓サッシは気づいていましたが、5001Fのみと思いこんでいました。ところが自分の写真を見ると違うじゃない。あせって、1986年のピクトリアル別冊名鉄特集を探しました。なかなか見つかりませんでしたが・・・。
結局、何番がサッシ化改造を受けたか調べきれませんでしたが、先輩氏の話では豊橋方は原型窓は5008?の1両のみだったとか。逆に岐阜方は原型窓が多かったそうです。


この5000系の機器を流用して5300系が登場したわけですが、NDRさんのブログ記事http://blogs.yahoo.co.jp/lrv801/61046580.htmlによると16日~17日にかけて5302F+5310Fが舞木→大江→東名古屋港と自走廃車回送されたとか・・・。複雑ですね・・・。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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