C56-160 SL一世紀号(4)

ちょっとお休みしていましたが、元に戻ります。あと二回で終了予定です。
 
 
いよいよ本番の日がやって来ました。試運転を各地で撮ったので、本運転は安直に大府を出発して東海道線をオーバークロスする坂道を選択しました。駅を出発してすぐなので、まず煙が期待できるって事から・・・。
 
 
しかし、あまかった・・・。誰でも考える事は同じだったようです。まして祝日。休みの人は多い。
 
出発の一時間前位の到着したのかな?お立ち台はこんな状況でした・・・(×_×;)

別に加工する必要は感じませんので、そのままアップします。あなたが写ってませんか?
この状況ではどうにも足場はなさそうなので諦めました。
 
 
坂道の下からあおるように撮ることで妥協しました。
 
 
そして、C56-160一世記号はやって来ました。

期待通りの爆煙。ただ、アングルの制約から右の木々がカット出来ません~~。
本運転はヘッドマークが付いていました。
 
 
ビデオも廻していましたが、追跡するヘリの爆音でSLの音が聞こえない状況。ブーイングの嵐でした(^_^;)
 
 
そして振り返り撮影。

何気にこの写真気に入ってます。ぎっしり立ってる同業者・客車の中にいる警察官(上司?)に敬礼する沿線警備のお巡りさん。そして併走するヘリコプター・・・3点セットが写りました。
 
推測ですが、12系に立ってる棒状のモノは警察無線のアンテナかと思われます。
 
 
そして復路はバック運転なので、あまり気が入りませんでした。
バック運転を流し撮りで逆光の中撮ってみよう~ってことに。こんな遅い列車(まして速度制限のかかるバック運転)を流すってこと自体、撮影を半分捨てていますね(^◇^;)

スキャン時に補正しましたが、これが修正の限界でした。ブレてますし・・・。
 
以上4点 1986年4月29日撮影
 
 
 
そして、今度は木曽川までの本運転の日。安直に尾張一宮駅へ。
 
この列車をついで撮影。

EF66-20鮮魚輸送列車。
 

あれ?よく見ると一番前と一番後ろはレムフ10000ですが、中間はコキ10000ですね?確か鮮魚輸送はレム編成の老朽化もあって、晩年はコンテナ輸送化したはずです。この写真はその時のものなんでしょう。ただ、コキフ10000に余裕はなかったのか車掌車はレムフ10000を使っているみたいです。ちなみに連結器の下に小さい電気連結器が見えますが、瀬野八ではこの電気連結器をEF61-200・EF67-0と連結することで走行解放していました。
 
 
そしてC56-160一世紀号がやって来ました。

待避線進入のベタな写真です(^_^;)
 
 

お~~名鉄6500系と並んだ!でも当時広角レンズはこの程度のレンズしか持っておらず、はみ出してしか撮れませんでした(×_×;)
 
 
復路も安直に駅撮影。バック運転だし・・・。

バック運転もヘッドマークが付いていました。ちょっとビックリ。バックに高架が出来かけていますね。
 
1986年5月1日撮影 
 
 
今日はここまでにします。

コメント

nagara2033556kinka

No title
大府の2カットはアリだと思います。
どうしても編成写真で撮ってしまいますが満足なのは撮影後3年くらいで、20年も経つともう少し回りの状況がわかればもっと良かったといつも思います。
バック運転ではそんな所にマークステーがあるんですね。

おざよう

No title
つぼさん、毎度です。
大府の写真ですが、このカットの前2枚は沿線の子供などが写っていますね。
確かに周りの状況を入れておけば!って言うこと多いです。その典型例が路面電車です。最近では、走り去る車の間を苦労して抜いた写真より、路線バスや懐かしい乗用車が写っている写真の方が楽しかったりします(^_^;)

あきがみ~ん

No title
臨場感溢れる3枚目凄い雰囲気ですね。
たくさんのカメラにヘリに警察官、表現は悪いけど事故現場みたい(汗)

piyo

No title
警察官も出動するぐらいのギャラリーでしたね!!
ヘリもいるしすごい光景です。
乗客の身の乗り出し方にもいかに興奮しているかがよくわかります。
圧倒されました。ポチ☆

おざよう

No title
あきがみ~んさん、コメントありがとうございます。
確かに事故現場ですね(^◇^;)
でも、すごかったです・・・この場所は・・・。

おざよう

No title
PIYOさん、コメント&ポチありがとうございます。

今でこそ日本各地で蒸気機関車を運転していますが、この当時、定期で運転していたのは山口線のC57-1と大井川鉄道のみでした。その一方、期間限定で運転するのは各地で行われましたが、何せ短期間ですから鉄のみならず地元のフツーのギャラリーもたくさん押し寄せ、スゴイことになっていました。

そのため、大規模イベントの扱いで大勢の警察官・国鉄職員が警備にかり出されていました。ほとんどお召列車みたいな警備体制だったような・・・(^◇^;)

ひで

No title
いや~すごい人出ですな。

でも、昨今の関東はこんなんじゃありません。普通の貨物列車を撮影していてもこんな状態になることがあります。同業者の人口が増えたようなのですが、マナーもどんどん悪くなっており、警察の御厄介になる人も増えているようです。

ところで鮮魚特急の末期はコンテナだったんですね。こんな珍編成が走っていたというのは初めて知りました。鮮魚特急の終着駅前の廃線跡(築地市場まえの道路)には、銀座唯一の踏切跡として、警報器などが解説板とともに残されています。

おざよう

No title
ひでさん、毎度です。
いつから関東圏はあんなに鉄が集まるようになったんでしょ?
先日の社員旅行のさい、East-iDの機関車牽引回送を撮りに平日昼に行ったのですが、同じホームに20人以上いましたから・・・。

ぜひ今夏はC61-20の撮影に行きたいのですが、上越線の激パが恐くて躊躇してます。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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