沼津機関区100周年記念(機関区公開2)

機関区公開の展示機の続編です。
 

右は展示機の入れ換えに使っていた沼津機関区のEF65-86。スノープラウ装備ですね~。暖かい地方なのに??
左はこの年の秋から飯田線から東海道線にコンバートが予定され改造された119系するがシャトル。するがシャトルの頭文字を取った「SS」のデザインが目立ちました。また、この際に冷房化改造もされました。ただ、当時の冷房化改造は重いAU75を積載する関係でかなり大がかりなものでした。
 
しかし、飯田線用の加速性能重視で設計された119系を東海道本線で高速運用させるには無理があり、数年で撤退し、飯田線に戻りました。現在、飯田線119系のクーラーが二種類あるのはこのためです。
 
 
 

交流機関車も展示されていました。水戸機関区からやって来たED75-37。ちょっと状態が悪かったですが・・・。
 
 
 

大宮からやって来た展示機DD13-1と門司からやって来たEF30-17。DD13-1はED16とともにこの夜帰る準備をしていました。DD13-1は鉄道博物館に保存されましたが、EF30-17は廃車後解体されました。
 
 
 

ED16-1とDD13-1の入れ換えをしているEF65-10。これもスノープラウが装備されています。
 
 
 
 
 
 
 
 

救援車オエ70-21。地味な車両でした。調べてみると戦災復旧車オニ70-5の改造のようです。
 
 
 
 

試作貨車?ワサ2。展示車両ではないと思いますが・・・(^_^;)。パッ見はワム80,000そっくりですが、実際は車体長が長く、単軸3軸の珍しい貨車。一形式一両で終わってます。ワム80000が荷重15tなのに対し、ワサ2は荷重23tとなっています。形式は「ワサ1」で1両しかないのに、「ワサ2」なんです。何で??
 
 
 

「工事用宿泊車」の記事で紹介したオヤ41の1番の方の画像です。この時点で既に車籍は消されていました。
 
 
 
 
 

同じくオヤ10の反対側も。この車両も車籍抹消済みでした。何で距離標がひっこ抜いて寄り掛けてあるの??
 
 
記念列車を撮って、広い構内を撮影していたら日没になってしまうほどでした。
 
 
今日はここまでとします。

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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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