京都鉄道博物館にて(5)

ネタに困った時は京都鉄道博物館かな(~_~;)

続編です。前回記事はコチラ

鉄道博物館入り口にシンボルのように展示されているのが新幹線0系です。

今回外観は撮らなかったので8月撮影画像で・・・(~_~;)


この0系はH1編成の4両で最初期編成なのかな?
交通科学博物館では4両ともガラスケース?に大事にしまわれていたのかな?

たまにイベント時だけ車内に入れたような・・・。

京都鉄道博物館に移動してからは屋根があるとはいえ屋外保存です。

大きく変わったのは4両目の「22-1」

車内が展示室になって自由に入れるのです。

自由に入れるのはいいのですが、保存車両の役割を逸脱しているのでは?
座席はともかくパンタグラフなどの展示は室内を解体してまでやるべきなのかな~と思いました。


この0系の転換クロスシートは懐かしかったです!



この茶色のリクライニングシートは200系から採用されたのだったかな?0系の更新時にも使われたはずですが・・・。




少し並んだら、0系(22-1)の運転台にも入れました。ただ、マスコンやブレーキレバーがさわり放題なので子供に破壊されないか心配です・・・。



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コメント

yas*i*979j*

No title
ご無沙汰してます。
22-1は弁天町時代から座席はなくシアタールームみたいになっていました。
当時からマスコンはダラダラになっていて子供の力を思い知らされる感じでした。

おざよう

No title
> yas*i*979j*さん
そうなんですか?知らなかった・・・。交通科学博物館時代から座席がなかったてことですか。
交通科学博物館でDD54-1運転台を見学したときもマスコンが子供のおもちゃとなっていました。今は入れないからいいですが・・・。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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