D51-200ついに本線試運転!(4)

続編です。前回記事はコチラ

今日からD51-200牽引か?の噂があった「SL北びわこ号」ですが、結局C56-160牽引だったようですね。

D51-200の試運転ですが、復路の撮影地は全く考えていませんでした。
というのも「PF牽引の回送になるんじゃない?D51のバック運転なんて聞いた事ない」
っていうのと「仮にD51が牽引してもバック運転じゃ絵になりにくい」ということから気が入っていなかったのです。

木之本駅から国道を南下しました。
昼食をマクドナルド8号線高月店で食べようと思っていたから、そこへ向けて走っていました。するとマクドに着く前、車が駐車出来て、田植え前の水田で開けた場所が目に入りました。
食事後、すぐにその場所に戻りました。20~30人はいたかと思いますが、撮影地が広いですので全く問題なく撮る事が出来ます。

待つこと数十分、D51-200バック運転の試運転がやって来ました!

水鏡は全く期待していなかったのですが、あ・・・意外と映っている(^_^;)


ただ、煙が僅かで汽笛も鳴らさなかったのはチト寂しかった・・・。

思ったより水鏡効果がありました!



僅かにシャッター切るのが早かったかな(;´Д`)



汽笛を鳴らしてほしかったなぁ~(~_~;)



北陸線に毎回SL試運転を撮りに来ている同業者は「毎回、復路はバック運転なので、D51も例外ないはず」と判っていたそうですが、私にしてみれば「バック視界が良くないD51でバック運転???」と驚いたものです。
今回D51-200のテンダー部前照灯の下にカメラらしき物体が装備されているのを確認しました。バック運転時に活用するんでしょうね~。



こんな編成は試運転ならではですね!



D51-200試運転列車は静かに去って行きました。



2017年5月19日撮影



鉄道コムへ。左の文字をクリックしてからお帰りを!!励ましのクリックをお願いします。
 
  人気ブログランキングへ。左の文字をクリックしてからお帰りを!!

コメント

非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

月別アーカイブ