EF58-122

【EF58-122】っていうと「JR東海の茶釜のゴハチ!」っていう方は多いかもしれません。
しかし、私たち40代の「ゴハチ末期追いかけ世代」にとっては決して馴染みのあるカマではありませんでした。
 
というのも122号機は長らく宇都宮機関区に所属し、電気暖房(EG)を装備したゴハチで二昔前はともかく東海道線周辺には馴染みがないゴハチだったのです。
一時は前面窓Hゴムが片方白色・片方黒色の異色機でしたが、それも黒に統一されてしまっていましたし・・・。
 
 
1986年11月改正でゴハチは必要最小限に減りました。お召用の61号機、イベント用の89号機、そして122号機、この3両のみになりました。後に復活する150号機や157号機は廃車手続がされていました。
 
この3両はたまたま全機日立製でした。
3両とも関東圏のゴハチだったので、民営化後はJR東日本に継承されるものと思われていました。
 
 
ところが、1987年1月17日岐阜に帰ろうと豊橋駅で名鉄を待っていると目の前をEF58がナコ座を牽引して通過!
「え?今のゴハチって何??122号機って???」
あわてて予定を変更。名鉄は特急に乗り、速攻で名古屋駅へ。しかし、名古屋駅には何もいませんでした。
しばらくしてこの回8411レは熱田に長時間停車している事が判明。そのまま名古屋到着を待ちました。
 
そして・・・。

逆光の中、無理矢理入線するところを撮影しました。
 
 
 

ゴハチの形態としては「黒Hゴム窓、EG装備、原型フィルター、PS15パンタ」といったところで、取り立て特徴は少ないタイプですね。
宇都宮の形態のまま転属してきたので、車体もボロく、EG標示灯もついたままでした。なお、このEG標示灯は後日撤去されました。
 
 
ついでにナコ座も・・・。

スハフ12を方向転換させて展望室を設置した最初のお座敷車だったかな?青塗装だったので目立たなかったものの、この展望デッキは意欲作だったと思います。
 
 
今日はこのへんで。

コメント

nagara2033556kinka

No title
宇都宮の釜は馴染みがなかったですね。イメージとしては東北本線専用みたいな。
関東3機関西3機まで減った時点で非鉄になってしまったのでこの頃はサッパリわかりません。

おざよう

No title
>>つぼさん
確かに「東北本線専用」っていうイメージが強かったです。89号機がイベントで走ってもそんなイメージが強かったです。
ゴハチは昭和56年頃からず~と追いかけていました。それも、今では宮原で冬眠しっぱなしの150号機のみ・・・。
せめて157号機は青色で保存して欲しかったな~。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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