西濃鉄道昼飯線の遺構探訪1

西濃鉄道市橋線を撮った後、昼飯線の遺構調査に出向きました。

事前にいろいろな方のHPやブログを見てから行きましたが、特に歩達の達人さんの「廃線探索 西濃鉄道昼飯線」という記事が参考になりました。

機関区の南にあるポイントから昼飯線は分岐していました。

ここから左側に曲がっていきました。ポイントはそのままになっています。


すぐに比較的交通量の多い道路との踏切になるのですが・・・。

おぉ~線路もそのままです。ちょっと驚きました。アスファルトで埋められるケースが多いのですが・・・。



踏切から機関区側を見た景色。線路は切られてはいますが、そのままです。



踏切から昼飯側もこんなかんじで線路が残っています。

ここがスタートですから、遺構がたくさん残っているのを期待しました。

ここから少し先までは各先達さんの記録から線路がないことを確認していたので、記録を省略。先に急ぎました。


次が一番気になっていた県道の踏切です。警手小屋が残っているはずの・・・。


ここなんですが・・・。確かに警手小屋は残っていますが何か違う・・・。



これが踏切警手がいたであろう小屋なんですが・・・。何か違う・・・。今この記事を書きながら気がつきました!そう遮断機を手動で上げ下げしていた回す機械がないんです!あれだけ撤去されたのか??しかも、小屋の屋根のトタンがないです。



踏切小屋から赤坂側は線路が残っていましたが・・・。


踏切から昼飯方を見ると・・・。あれ??キレイに整地されています・・・。多くの方の記事だと線路が残っているはずの場所なんですが・・・。この頃から気づき始めました・・・。
「結構最近線路をめくる作業をしているんじゃないか・・・」
その不安はこの後的中します。

つづく。


2019年5月21日撮影




鉄道コム左の文字をクリックしてからお帰りを!!励ましのクリックをお願いします。
 
  人気ブログランキングへ。左の文字をクリックしてからお帰り下さい

コメント

yoj*****

No title
そうなんです。
訪問の数日前に、1月位をかけて、レールの撤去作業をしました。
転てつ機やレールを、私が
勤務する会社が荷受けをして、処理作業をしている所です。
過去に、機関車や貨車などの解体された物も受けました。

おざよう

No title
> yoj*****さん
えぇ~!
ってことは5月上旬までは結構残っていたって事ですか!
では、あの踏切の旋回器具も一緒に持って行ったのでしょうか??
非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

月別アーカイブ