1984年秋広島地区遠征

広島工場内撮影分の続編です。

020-019.jpgEF59-16の運転台ブロックです。EF53をイメージしたのかデッキ手すりが白色に塗られています。まだEF59在籍時ですが、16号機は既にこういった形で保存されていました。今でも保存されていますが、一時期ヘッドマークを付けるためにデッキに不似合いな鉄板が溶接されてしまったはずです。


020-004.jpgEF59-16運転台脇にある「自連解放スイッチ」です。レバーを手前に倒すと連結器が解放動作を行います。中央が運転位置で、カバーを上げるとレバーが動かなくなり不用意な解放を防ぎます。また、レバーを奥に倒すと電気連結器が前進して連結されます。


019-038.jpgEF59-16の計器類と思われます。重連運転前提なので、外されていますが他車電流計もあったようです。




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020-006.jpgEF59-16の運転台画像と思われます。コカコーラの空き缶が灰皿代わりに設置されいるのが時代ですね~(^0^;)


020-007.jpg自連解放装置の電源スイッチでしょうか??




019-036.jpg次にEF58-113の運転台ブロックです。元々広島機関区ではなく米原機関区のEF58です。米原ゴハチの特徴でもあるワイパーカバーが設置されていたり、P型改造されていたりしています。1984年3月の下関集中運用に就いて廃車になったのですが、米原に戻れなかったようです。
広島車両所内で長らく展示されていましたが、2013年頃に搬出。金沢の北陸ロジスティックで整備された後、関東の某所で保存されているらしいです。

ついでにEF58-113の現役時代の画像も・・・(^_^;)blog_import_5d378fc737031.jpg




020-009.jpgEF58-113の運転台です。



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020-013.jpgEF58-113に貼ってあったマニアック?な図面も撮っておきました(^0^;)




020-018.jpg次にEF61-4の運転台ブロックです。1984年9月に廃車になっているみたいですので、運転台ブロックとしては完成して間もないかと思われます。

020-017.jpg注目なのは運転台の反対側。ちゃんとSGの機械も保存されているのです\(◎o◎)/!
ただ野天状態なので、今はどうなっているでしょう・・・。


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020-016_20200122004353621.jpgEF61-4の運転台画像かな?








展示機を離れ少し歩くと・・・。
020-021.jpgクハ79214がポツンと留置されていました。たぶん解体待ちで放置されているものと思われます。

020-025.jpgその横にはセキ6000型セキ6991がいました。これもかなりボロボロだったので解体待ちかな??




020-026.jpg広島工場は新幹線の車庫のすぐ横にあるのですが、この時もすぐ横を0系NH-5編成が出て行きました。たぶん車内からの撮影かな?



広島駅に戻る途中も車内から休車札が入ったEF60やEF61を撮っていますがブレブレなので割愛します。

広島駅からは新幹線で帰宅したようです。何も撮っていないのが不思議で・・・。ブレ画像の次コマが名鉄3880系だという・・・。









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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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