豊橋鐵道市内線1(2005年11月22日)

デジタルデータになってからの過去ログをリメイクしました。リメイク記事とします(^_^;)

私が最初に鉄道写真でデジタル一眼レフを使ったのは2005年11月22日に豊橋鐵道市内線を兄から借りたNikonD100で撮ったものです。
当時のスタンスは
「まぁ一応カメラも借りれたし、画像悪くてもいいものを撮ろうかな?」
というかる~~い気持ちでした(~_~;)
ちょうど11月は航空祭シーズンでお金もかかるので、ランニングコストが安いから借りたものと思われます。


この頃は名鉄岐阜市内線のモ780型が豊鉄市内線でデビューし、旧名古屋市電のモ3100型が引退を始めた頃になります。
当時は仕事柄(内緒)豊橋までほとんど交通費がかからずに行けたので、ちょこちょこ訪問していました(^_^;)


まずは走行シーンを撮るために「東田坂上」電停へ。この頃からパターンは変わっていません(^0^;)
DSC_0006.jpg元名鉄モ582豊鉄モ3203です。この頃は「東三河法人会」の塗装でしたが、現在は新豊鉄色になって主にイベント運用されています。



DSC_0016.jpg元名古屋市電の豊鉄モ3104です。この「日の丸薬局」塗装は現在モ786に引き継がれています。



DSC_0017.jpg元都電の豊鉄モ3504と離合します。この駅で上下列車が離合しやすいのは今も同じです。なお、モ3504はこの頃「ポッカコーポレーション」の広告塗装でしたが、現在は「吉田商会」の広告に変わっています。



DSC_0048.jpg井原電停に移動。さっそく元名古屋市電の豊鉄モ3105を撮影。この「メガワールド」塗装は現在モ787に引き継がれています。



DSC_0055.jpg豊鉄での運用を最初に開始したのはモ781です(2005年8月2日)。この頃は豊橋丸榮(百貨店)塗装でした。



DSC_0056.jpgいつものアングル、赤岩口検車区留置線。この時は、右から改装工事が竣工していたモ782、出雲電塗装のモ3201、改造着手待ちのモ786・モ787がいました。



DSC_0058.jpg改装工事竣工間近のモ783トーリンホーム塗装とモ3502ヤマサ号。なお、モ783は現在横浜ゴム塗装ですし、ヤマサ号はオレンジ色になっています。




DSC_0063.jpg元名古屋市電の豊鉄モ3102。もともと「カスタムハウジング」の広告であずき色でしたが、塗りつぶす形で広告なしのイベント車両になりました。イベント列車用で運用されましたが、2011年初め頃から運用を外れながらも廃車にならず、2018年まで構内で放置されて搬出~解体されたそうです。




DSC_0066.jpg改装工事真っ最中のモ784と改装工事着手待ちのモ786。連結器と電連が撤去されたのが外観上の大きな違いです。




DSC_0081.jpgモ783の奥ではモ785が改装工事真っ最中でした。連結器と電連が撤去され、スカートの開口部を埋めているのがよく判ります。また、塗装の表面が削ってあり、再塗装されやすいようになっています。ラッピングじゃないようで・・・。



DSC_0082.jpg元名古屋市電1200型豊鉄モ3702もこの頃は建材でした。日本初の半鋼製低床ボギー電車です。1996年から臨時運用・イベント運用に就いていたが、この頃から運用を外れ留置されるようになっていました。2007年3月に最終運航を行い、現在豊橋市内に保存されています。







鉄道コムへ。左の文字をクリックしてからお帰りを!!励ましのクリックをお願いします。

人気ブログランキングへ。左の文字をクリックしてからお帰り下さい





現在の閲覧者数:

















コメント

非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

月別アーカイブ