福井鉄道1(2006年3月)

リメイク記事です。

2006年3月30日プチ遠征でした。
というのも当時子供が小さかったので、なかなか遠出は出来ない状況でした。
とは言っても鳥取行ってきたばかりでしたが・・・(;´Д`)

この日は相方が知人宅へ遊びに行くとのことで、フリーになった私はそそくさと福井鉄道に出向きました。

というのも福井鉄道は当時廃線になった名鉄岐阜市内線からモ770型・モ880型・モ800型と多くの車両を受け入れており、逆にそれで旧型車の更新が行われつつある点、また市内にある「幸橋」の架け替え工事で本来道路・鉄道併用橋の幸橋が仮設の鉄道専用橋に期間限定でなっているのが気になった点、それらが動機で出向いたわけです。


まずは福井駅前で撮影。今でこそ駅前ロータリーに電車が入ってきますが、当時は駅近くの商店街部分で線路はプツンと切れていました。
DSC_0018_20200506105019eee.jpg福井駅前に停車中のモハ300形モハ301-1。こんな場所に駅がありました。今は面影もありません。


少し先回りして出発シーンを撮影
DSC_0020.jpg同じくモハ300形モハ301-2

モハ300形は元静岡鉄道300形で出自は静岡鉄道の自社発注車。1986年福井鉄道に3編成が譲渡され、冷房改造もされましたが、老朽化が激しく、2006年の元名鉄車両導入によるLRT化で全車廃車になりました。ただ、さよなら運転は行われず、ひっそり消えました。




DSC_0024_202005061050226f4.jpg幸(仮)橋を渡り終えたモハ80形クハ82。コカコーラの派手なラッピングをされていましたが、実は相当古い車両で・・・。

モハ80形の出自は1921年製南海 電5形・・・。後に木製車体は鋼製化され、床下をカルダン駆動化され、冷房化もされました。早い話、電5形を残すところはなかったような・・・。2006年4月まで運用され、2006年6月にさよなら運転が行われました。




DSC_0030_20200506105023fcf.jpg幸(仮)橋を渡るモハ610形クハ610。幸(仮)橋は本橋を迂回しているため、このようなカーブした線形になっていました。

モハ610形元名古屋市交通局鶴舞線1200形。架線集電化し、豊橋鉄道1900系の床下機器・台車(元国鉄DT21)やクーラーを流用して製造。まるで模型のような改造でした。F1000形導入で2018年に廃車となっています。





DSC_0038.jpg先ほどのモハ80形が戻って来ました。今度はジョージアラッピングのモハ82が先頭です。それにしても、とても1921年製には思えない車両ですよね~(^_^;)




DSC_0044.jpg幸(仮)橋を渡るモハ300形モハ303-2。こちらは地元紙「県民福井」のラッピングでしたが、中日新聞関連会社?なのか高橋尚子さんのラッピングでした。



DSC_0048_20200506105028635.jpg先ほどのモハ610形がモハ610を先頭に戻って来ました。本線から仮橋に入る区間は大きくカーブしていました。




DSC_0054.jpg先ほどの80形の別編成クハ81+モハ81。こちらは福井鉄道色を維持していました。




DSC_0064.jpg木田四辻駅を抜けると路面区間を終了し、カーブして鉄道専用線になります。先ほどのモハ300形モハ303-1を先頭に進入します。



つづく。

2006年3月30日撮影








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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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