福井鉄道2(2006年3月)

リメイク記事の続編です。

前回記事最後の画像は、軌道が鉄道専用線に切り替わる交差点で撮影しました。
その交差点すぐ近くの福井新駅(現:赤十字前駅)に移動しました。この駅には留置線があり、除雪車のデキ11他いろいろ撮れる事を知っていたためです。

そう広くない駅ですが、やはりいろいろな車両が留置されていました。
DSC_0071.jpg福井鉄道デキ11です。この車両も出自を調べるとなかなかの車両です。おおもとは1923年製造の四軸単車の電動貨車デワ1形です。そこから1959年に台枠延長と2軸ボギー台車化、1979年に運転台部分の鋼体化と間接制御化、主電動機の増設をされ除雪車となり、そのさい電動貨車から電気機関車に扱いを変更されデキ11となったものです。運転台部分などは鋼体ですが、一部は木造のままです。基本的には鉄道専用線区間の除雪が担当でしたが、2018年の福井豪雪時には市内線の除雪にも投入。ただ、そのさい脱線事故を起こしたこともあって、除雪能力向上のために福井市は除雪用軌陸車を予算に計上したはず・・・。デキ11が現在も車籍を有するかどうか調べましたが判りませんでした(。・・。)




DSC_0069.jpg福井鉄道モ562です。この車両も書くと長くなります。おおもとは北陸鉄道金沢市内線のモハ2200形で1967年の金沢市内線廃止に伴い、名鉄岐阜市内線に移籍。そして、1988年の岐阜市内線長良線廃止に伴い福井鉄道に譲渡。福井鉄道ではイベント運用が中心であまり稼働することはなく寝ている事が多かったような・・・。2004年にリチウムイオン電池の実験車として使われたのが花道・・・。この写真を撮った2006年3月に引退、解体予定だったのをJR貨物北陸ロジスティックが保存のため引き取られました。
そこでは金沢市電2202に復元すべく保存会が毎週復元作業を行い、その様子をHPで公開していました。そのHPは私も定期的にチェックしていたのですが、ある頃から不法侵入者に困っている事が書かれてからHPの更新が全くされなくなりました。今回久しぶりにチェックしたらリンク切れになっており・・・。他のHPで調べると修繕しかけのまま、窓ガラスもない状態で放置されているようです。保存会が解散してしまったのでしょうか???




DSC_0073.jpg岐阜からやって来たモ771他がモ562と縦列で留置されていました。まだピカピカで試運転程度しかしていない頃かな??




DSC_0075.jpgモ771と少し離れてモ772-773がいました。こちらは広告も付けられていました。




DSC_0079.jpg留置中のモ771の横の本線に旧型車モハ81が入線しました。並ぶと大きさの違いに驚くほどです。





DSC_0081_20200507224731f67.jpgモハ81は鉄道専用線車両なので「かさ下げ」されたホームでは二段スタップを利用して乗降します。このステップを使ってモ結構段差があり乗降は大変そうでした。

このモハ81に乗車して武生新(現:越前武生)駅に移動しました。




DSC_0082_20200507224732cc8.jpg駅外からクハ610クハ81の並びを撮影。この駅で大型車が並ぶのは残り僅かだった頃・・・。




DSC_0085_20200507224734346.jpg駅構内の留置線には岐阜からやって来たモ802モハ300形モハ302-1+302-2が留置されていました。モ802が手前にいるって事は余命僅かな300形302Fは動かないだろう・・・と諦め。





DSC_0088_2020050722473564d.jpg武生新駅の西武生寄りには洗車線があり、洗車よりも休車留置線として扱われています。この時ここには一番写したかった旧型車モハ141-2+モハ141-1が留置されていました。様子から判断するに休車でしばらく動いていない雰囲気でした。撮りたかった理由はこのモハ141-2名鉄瀬戸線が600V時代に特急車として走っていたモ900形だったからです。

DSC_0090_20200507224737d7d.jpg全面は改造されているので面影は薄いですが、この台車・・・ブリル27MCB-2台車のコピーである日車27MCB台車なのが元名鉄車であることを主張しています(~_~;)



DSC_0098_202005080124250dc.jpg反対側のモハ141-1は撮りにくい場所にいました。モハ141-1元長野電鉄のモハ300形の改造で、141-2とは全く出自が異なります。




DSC_0100_20200507224738700.jpg武生新駅に戻る途中にワンショット。モ776-777モ802他の前にいたので撮っておきました。冬の北陸らしくポイントにはお湯をかけて融雪していたのが印象的でした。




DSC_0103.jpg武生新駅には2編成並んでいました。先ほどから停車中のモハ610の横にモハ200形モハ202-1編成がいました。ドコモダケの広告が懐かしいですね~。当時の最新バージョンだったかと・・・。

モハ200形は自社発注の連接車です。後から投入されたモハ300形に急行運用を譲ったのですが、モハ300形の方が老朽化が激しく先に引退。モハ200形は連接車として収容力もあるので、元名鉄車導入後も生き残り、F1000形の導入で2015年から廃車が始まり、この202-1編成が最初の廃車でした。2016年に202-2編成が廃車、202-3編成は車籍は残っているようですが、2016年に検査切れになっており動けません。ただ、保存計画があるので今でも生き残っているはずです。

DSC_0104_2020050722474121c.jpg乗車前に反対側も撮影。

DSC_0105_2020050722474335a.jpg特徴ある収納式ステップもアップで撮っておきました。これほど大きいステップを装備した車両も少ないのではないでしょうか??


DSC_0106.jpg運転台画像がありましたが、たぶんこの200形の運転台と思われます。


この200形に乗車して隣の西武生(現:北府)駅へ移動します。同駅には福井鉄道の検車区があるので・・・。

2006年3月30日撮影









鉄道コムへ。左の文字をクリックしてからお帰りを!!励ましのクリックをお願いします。

人気ブログランキングへ。左の文字をクリックしてからお帰り下さい





現在の閲覧者数:















コメント

ひで

2枚目は予備知識なしでも岐阜市電出身の車両だとわかりました。こんな形で残っているのはうれしいですが、朽ち果てているとなると悲しいですね。なんとか残してほしいものです。それにしてもここもさまざまな歴史をもったゲテモノ車両(失礼!)がいるんですね~

おざよう

福井鉄道
>>ひでさん
モ560は長良線のイメージが強いと思います。
そもそも何のために福井に売却されたのか謎でして・・・。
ほとんど走っていないですし・・・。
名鉄600V区間の旧型車はモ510を除きほとんど解体されました。
このモ560だけでも生き残ったのは幸いなんですが・・・。WEBでいろいろ検索かけましたが、伏木(高岡市)に修復しかけで放置されている画像しか見つからなかったです・・・。どうなったのやら?最近伏木のイベントもやらないですし・・・。
非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

月別アーカイブ