C62ニセコ号1(1988年)

C62ニセコ号の記事はこのブログを始めた当初にアップしましたが、諸事情により削除してしまったので、再びアップする形となります。再掲写真も出てきますがご了承下さい。
 
 
1988年・・・・GWから小樽~倶知安でC62ニセコ号の運転が開始されました。その前年の4月1日JRスタートイベントでTVの前で力強く復活走行したC62-3は約1年かけて苗穂工場で徹底的に整備され本線運転可能にまで修復されました。
そりゃ~当時の鉄道雑誌の扱いは半端じゃなかったです。私もGWに行きたかったですが、仕事柄(まして社会人2年生)休めなかったため諦めたほどです。
 
でも「ど~しても北海道へ行く!」と夏休みの平日に連休をもらい、早朝勤務の早帰り勤務と組み合わせて羽田発の夜の最終札幌便と組み合わせて渡道したわけです。
 
ちなみに23才にして初めての飛行機利用(~_~;) 一人旅以上に緊張したかも(^0^;)
 
 
 
この年は2日間2往復のC62ニセコ号のうち、初日復路は乗車に使い、他の3回は撮影に使いました。当初は指定券が満席で確保出来ず乗車は諦めましたが、キャンセル待ちで直前に確保出来ました。
 
鉄道利用での撮影なので駅から近い撮影地に限定されました。
初回撮影にチョイスしたのは小沢駅に程近い場所。出発の煙が期待出来る場所です。

ポジフィルムで撮った画像。プリントがかなり変色していましたが、スキャン時に修正しました。
右下をクリックして拡大してご覧下さい。
 
 
 
 
実際の画像は練習台に他の列車の撮影から始めています。

この当時全然珍しくなかったキハ41系列の普通列車。
 
 
 

SLニセコ号と行き違いするキハ54?他の快速列車。
 
 
 
この頃持って行った無線機AR2001(当時ハンディ受信機なんてものはあまりなかった)から列車無線の交信が入感。倶知安駅長から上記DCへの指示でした。
「この先沿線火災発生につき○○D列車、しばらく小沢駅で抑止になります!」
 
 
幸いC62ニセコ号は少しの遅れで到着。小沢駅ではしばらく停車するので乗客の撮影会状態になっていました。
 
 

そして発車!「ブォゥ~~~!」の汽笛までは他のSLと一緒ですが、そこからが違いました。ボッ、ボッってのは少し。後はまるでジェット機のようにゴォ~~と加速していきます。「あ~これがC62なんだ」って納得したほどです。
 
 
 

このカメラはモータードライブで連写。ここでフィルムがなくなりました(^0^;)
 
 
 
 
沿線火災で遅れた普通列車に乗り倶知安駅へ。
C62-3は庫内にいました。

何気なく撮ったカットですが、こういった車庫も撮っておくと後ほど記録になるってのがよく判ります。
 
 
 

キハ41?との並びも撮影。1990年の運転からは終点がニセコ駅になったので、この車庫を使ったのは2年間のみだったのかも??
 
 
 
まだまだ続きます。
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コメント

ひで

No title
おお、出ましたC62。結局撮影機会は一度もありませんでした。
今となっては悔やまれます。

よくジェット音と書かれますが、本当にそういう音がするんですね。
一度生の迫力を感じ取ってみたいものです。

おざよう

No title
>>ひでさん
あれ?C62は一度も行けなかったのですか・・・。そりゃ残念ですね。
雑誌の記事にジェット機の音ってよく書かれていますが、本当に加速する時の音はそんなかんじでした。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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