下関集中配置時代のEF58(3)

1984年2月~3月相変わらずジョイフルトレイン(死語か・・・)とEF58を追っかけていました。
出来るだけ荷物列車も撮るようにしていました。
 

旧浜松区の157号機。このカマも下関に転籍しました。暫定運用終了後廃車、一旦清算事業団所属になり、その後JR東海が買い戻して復活したわけです。現在はリニア東海館で保存中。
 
 
 

同じく旧浜松区の142号機。あまり印象にないカマでした。
 
 
 
 

こちらも142号機です。
 
 
 
 

旧宮原区の101号機。原型窓でしたが、ブタ鼻ライトが残念な形態でした。
 
 
 

同じく旧宮原区の146号機。原型窓・原型ワイパー・原型フィルターと好ましい外観でした。
 
 
 
 

旧宮原区の48号機。白Hゴム機はあまり見なかったので興味深かったです。
 
 
 
 
最後におまけ。

下り単機回送される93号機。団臨の都合かな?
多くのゴハチが下関で短命の余生を送る中、なぜか東京区に異動した旧浜松区の93号機。「東」の区名札がどうにも違和感が・・・。東京区には浜松区から93と160号機が異動。代わりに124号機が廃車・129号機が下関に転籍したようです。
 
 
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コメント

中京

No title
おざようさん、こんにちは。EF58は私は漠然と見ていただけだったので、改めて1両毎に色々な特徴があったんだと感心してしまいました。関西ブルトレを牽引していた時の姿を見てみたかったですね。

おざよう

No title
>>中京さん
EF58はホントバラエティに富んでいました。
私もEF58関西ブルトレが瀬野八で走行解放するのを見たかったです・・・。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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