1984年米原機関区撮影会(2)

続編です。
 続編はEF58以外の展示車両を紹介します。
 
 
撮影会に行くといつものことですが、展示車両とは別に運用車両も撮っていました。

左からEF81-13EF62-4EF65-70
当たり前の事ですが、この頃のEF81はぜ~んぶロービジ塗装でした。これが来て騒ぐ人は皆無・・・。
EF62-4は東海道投入間もない頃で、まだジャンパ栓移設前の形態です。EF65-70・・・この頃は全く写欲をそそらない被写体でした。特に0番台ですから・・・。
 
 
 
 

オハ35-2347です。この頃は北陸線に旧型客車の列車が残っており、その運用中?のものかな??
 
 
 
EF58が展示されていた庫の反対側に他の展示車両がいました。
そもそも1984-7の撮影会と1985-5の撮影会はEF58に関しては、61号機の有無(お召装飾機の違い)とマークの交換の有無?(1984年は交換してなかったのか??)くらいで、それほど大差ないです。
 
しかし、この「その他の展示機」は全然構成が違っていました。
 
 

宮原機関区からやって来たEF65-1137。何やら団体列車のマークを付けています。実際取り付けて走ったマークなのでしょうか??
 
 
 
 
 

これらの展示機の一番人気?だったEF65-523。サロンカーなにわのマーク付きでした。この頃、米原機関区にはEF65-500Fが配置されていました。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なにわのマークのアップ。
このマークって今でもあると思いますが滅多に装備しませんね~。何ででしょ?アップで見ると結構立体的なマークって事が判ります(多少ブレてますが・・・)。
 
 
 
 
 

DE10-1725です。米原~田村の交直接続をディーゼル機関車が行っていた・・・なんていっても知らない人の方が多いでしょうね。
そのさよならマークのようです。
 
 
 

最後におまけ。二機の勇姿をちょっと大きいサイズで・・・。
 
 
 
今日はこのへんで。
次回は1985-5撮影会の様子かな?

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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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