紀勢線に残ったEF58・EF15を追って(1985年)-2

和歌山駅撮影分の続編です。
 

EF15-184+ED60-6の重連貨物列車&485系回送編成です。
 
 
 

この当時は急行「きのくに」に南海電鉄のキハ5551が増結されていました。南海がキハを持っていた事を知らない人も多いのじゃないでしょうか?難波まで行ってたとか?なお、廃止間際です。
 
 
 
 

行灯式の「南海」表示がありました。このキハ5550は国鉄キハ55ベース車で、最後まで非冷房だったそうです。
 
 
 
 

今調べて見ると485系は1985-3-14改正で投入されたそうです。ってことはこの遠征で登場する485系は全て営業開始前の画像です。
あと、485系「くろしお」って印象薄いよなぁ~って調べて見ると、全国的に発生した485系の余剰車をかき集め、短編成化して紀勢線に投入したものの、カーブの多い紀勢線では無理があり、キハ時代とさして変わらない運転速度になってしまい、結局1986-11改正で381系化されてしまったそうです。たった1年半だったんですね~~~。
同じクハ480でも昨日紹介のクハ480と特急マークが違ってますねぇ~??
 
 

ED60-6単機牽引の貨物列車。単機牽引の貨物ももちろんいました。
 
 
次回からは紀勢本線内の画像になります。1985-3-8撮影。
 
 
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コメント

panorama7000

No title
これの一部が北近畿(現こうのとり)に転用されたのでしょうか?
不思議なことに最新の287系は485系同様振り子非搭載に戻っています。

おざよう

No title
>>panorama7000さん
1年半でお役ご免になった485系が山陰本線城崎電化開業時に誕生した特急「北近畿」に転用されました。
その補充は381系「やくも」を短編成化して捻出したらしいです。

ウィキの記事によると、287系は振り子機能はついていないですが、低重心構造なのと加減速性能の向上でそれなりの速度が出せるそうです。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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