広島遠征3(西条駅早朝撮影)

順番が前後しますが、二日目の朝です。
 
荷物をホテルへ置いたまま西条駅へ。これが駅に近いホテルに宿泊する最高のメリットですね~。
 
 
当初のスケジュールはこうでした。
(1)6:40着の2084列車の補機は1号機でほぼ間違いないので、構内で補機解放作業を撮影。
(2)1号機は折り返し単機回送が7:01なので、先行する普通列車で下る
(3)八本松駅あたりで1号機の単機回送走行写真をおさえる
・・・・・・・・でした。
 
 
 
まずは6:24着の1062列車を撮影。102号機は既に解放されていました。

昨夜と同じく、上り待避線の西端で回送出発を待っていました。冬の朝は暗いです。夜と同じような画像ですね。
 
 
1062列車が昨夜と同じパターンなので、この朝も同じパターンと思い込んでしました・・・(。・_・)
 
 
そして、待望の?2084列車が接近!!
 
あれ???何かおかしい・・・・。
 
 
あ!ホーム手前のポイントで向こう側へ行ってしまった!!!!!
 
そうなんです。この時間帯から上り待避線は旅客列車の乗降に用いるためか貨物列車は入線出来ず、上り本線の北側にある線路に入っていったのでした・・・。
 
しかも、上り本線には115系が長時間停車中。1号機を隠しています・・・。
 

望遠を使って無理矢理撮ったのがコレ。取りあえず1号機が走っていたのは判ります・・・(>o<)
 
今回、荷物を減らすためにビデオ用の軽量三脚を持って行きました。ですから、望遠レンズをつけたD7000ではバランスが取れず、かなりブレやすかったのです・・・。
 
 
そして、1号機はそのまま東京方に引き上げてしまったので撮れず・・・。
 
この貨物列車1本のみがここに入線したのだろう~って、懲りずに下りホームに戻りました。
 
すると・・・。

あれ~~~~。1050列車の104号機も同じ北側上り線路に入線していくじゃないですか・・・・(T_T)
 
 
1号機の単577列車はなかなか入線してきません。発車数分前にやっと下り中線に入線。
 

やっと撮れたデッキ付の面構え。
 
最初見た時は「ヘンな顔!」って思いましたが、今見ると味がある顔に見えるのが不思議なモノで・・・(~_~;)
 
 

そして、広島へ帰っていく1号機を無理矢理104号機と絡めて撮りました。
 
 
 
 
さすがに学習したので5070列車の105号機は上りホームで撮影。

この線路の場合、広島方に直接帰られないので、東京方に引き上げる形になります。そのため、貨車から解放されても必要最小限しかバックしないのです。
 
 
 

101号機も同様の動きをして、単機回送出発間際に中線に入線して発車しました。
 
 
結局、そんなこんなで移動出来ず、前夜に引き続き西条駅構内の駅撮りで終わったのでした(~_~;)
 
 
 
 
●ここで詳しい方がいればご教示願いたいです。
EF59はもともと大きいデッキがついていました。一方EF60から改造されたEF61-201は当初デッキなしで落成。その後、小デッキ付に改造、試用ののちに大デッキ付に改造されました。その後、登場したEF67-1~3号機は
EF61-200と同様の大きいデッキ付でデビュー。しかし、JR化後に改造されたEF67-100番台はデッキと言えるのか疑問な「でっぱり」がついたのみでした。
 
このデッキの理由は何なのか??
 
昔、私が聞いた話では
瀬野機関区では機関士が頻繁に機関車から乗降するのを強いられるので、大デッキ付のEF59に対し、デッキなしで側面はしごからの乗降をしなければならないEF61-201への更新は乗降に不便で苦情が発生して、乗降しやすいようにデッキ付に改造した・・・。
という説です。
だからJR化後ではそんな贅沢も言えなくなって、100番台はデッキなし(あるけど)で登場した・・・????
 
しかし、最近聞いた話では
EF59~EF61-200~EF67-0に共通しているのは、かって行っていた八本松駅構内での走行解放。しかし、何らかのメカニカルトラブルが発生して自連解放が出来なかった場合、機関士はデッキに出て手動で連結器を解放する必要がある。そのため、デッキが装備されていた・・・。
100番台は最初から走行解放は行わない設計で登場したので、デッキは装備されなかった。
という説です。
 
説得力があるのは後者の説です。でも、じゃあ何でEF61-201はデッキなしで登場したのか??
前者の説も昔の国鉄労使関係を考えればあり得ない話でもないですが、ちょっと無理があるかな??
 
 
そういえば、EF67を置き換えるべくデビューしたはずのEF210-301。どこにいったのかな??
吹田構内で試運転、その後広島へ移動。構内で試運転をしたようですが、実際に補機運用の試運転をしたっていう話を聞いたことがないです。ず~~と寝ているような・・・。今回の遠征でも一度も見ませんでした。何か不具合でもあったのでしょうか???
そういえば、EF210-301はそれこそ「でっぱり」すらないですね・・・(^◇^;)
 
 
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コメント

でぃっく

No title
遠征お疲れ様でした。
さて、301号機の広島での動きについて、私ももちろん詳しいことは知りませんが、YouTubeには夜中のコンテナの試験列車の動画は上がっています。
私も見ましたが、最後尾でなく先頭でコキ列車を牽引している動画だったような?・・・2,3日前に見ましたが、内容うろ覚えです。

・・・ので、全く動いていないわけではなさそうです。

保線部長@東部線区

No title
あの出っ張りには緩衝装置が組み込まれているのでは?
よく見ると0番台にも同じような出っ張りが確認出来ますし。

ちなみに、EF210-300は連結器自体が特殊な緩衝器になっているので、出っ張りもなくなりました。

おざよう

No title
>>でぃっくさん
YouTube見てみました。夜間に録ってる人がいるものですね(^0^;)
EF210-156+コキ+EF210-301の編成で往復しているようです。

ただ、気になったのが同じ人が場所を変えて録った画像ばっかりですね。数日間試運転を行ったのか数往復したのか判りませんが、同じ本務機です。
2012-10月に試運転したのは聞いていましたのでソレみたいです。最近は貨物ちゃんねるで運用検索しても寝てるようです・・・。

おざよう

No title
>>保線部長@東部線区さん
連結器に付属する「出っ張り」は緩衝装置です。逆エンド連結器にはついてないですから・・・。
私が言う「出っ張り」は3枚目の画像を見て頂ければ判りますが、連結器の上にある出っ張りです。車体下部が延長されているのでデッキには違いないです。ただ、非貫通なので機関士には関係なく、解錠作業を行う職員氏が渡り通路としてこの「出っ張り」を使っていました。
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プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりつつあります。

最近では子供も大きくなり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

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